2017年9月25日月曜日

おみや参り

先日は孫のおみや参りで御茶ノ水の神田明神へ。
少子高齢化の時代だが、神田明神には大勢の人が訪れ、結婚式・安産祈願・誕生祝いなど、思いおもいの祈りを捧げる行事が・・

孫と家族・親族で記念写真を撮った後は久しぶりの顔合わせも兼ねてお食事会。
たまにはいいもんです。



神社のお土産も時代を反映して少しずつ変化しているよう・・


おみくじも自動販売機でどうぞ。。



ところで先日のホーキング博士の地球はもって100年・・、これがまだ気になっております。

実は山岳会に入っている頃、自然保護に傾倒してその辺の勉強会に参加したりしていた。もう20年も前のことだ。

その頃、山に登って遠く地平線を眺めた時・・青い空から地平線に近づくにつれ、黒々とドンヨリした空気の層に包まれていく・・その状況が見えた。きっと向こうからこっちを見てもおそらくドンヨリとした空気の中に自分がいるのだろう。

丹沢の樹木が立ち枯れたり、日光の男体山で大規模な樹木の白骨化が発生したり・・
そんな状況をどうすれば改善できるのか。。

結論は、マイナス成長。
いまある利便性を犠牲にしても少しずつ社会と経済をマイナスに導いて産業革命以前の状態にもどさないと、真の自然保護は実現しない。

しかし、人類は利便性を追求して安楽を求めることがDNAに組み込まれている。マイナス成長を望む人などいるはずもない。いったん自転車をこぎ始めたら止まること、逆戻りすることなどは望まないのだ。

その後、山岳会を止めて自然保護とのかかわりも無くなった。が、その頃この世の中はどのくらい続くのだろうか・・と考えた。そして2010年ころにはなにか大変なことになっているのでは、と思った。

しかし2010年は何事もないように過ぎた。・・考えすぎだったのか?と思った。
ただ、冬も夏も少し熱くなったくらいだった。

退職してから介護の仕事場に入り、改めて使い捨て文化を目の当たりにした。一日何十枚もの使い捨て手袋とペーパータオルにビックリしたことを思い出す。

この使い捨て手袋・・サ○ヤなど有名メーカーが医療分野を中心に販売を展開しているが、今や医療などの安全衛生はこの使い捨て××がなければ成り立たない。

しかし、それを支える生産現場はというと自然の森を切り開き、都合の良い植物を植えてそこから得る樹液などからいろいろな使い捨ての製品を生み出している。

ありのままの自然が人間の都合で破壊され、地下からは化石燃料が吸い出されて大気に二酸化炭素として放出されていく。その二酸化炭素を浄化して酸素に還元する自然は尻尾を切られて瀕死の状態だ。

いずれ、社会は・・という思いが・・ホーキング博士の言う、もって100年なのか。

孫の誕生は嬉しいが、その「いずれ」を孫が見ることになるのではという心配は尽きない。




静物:F10 油画

今日は画塾で今回の課題の2回目最終日。
さっぱりとしたモチーフでどうにもならずにこんな感じに仕上がった。
もうちょっと冒険をしないと自分の絵は変わっていかないんでしょうね。

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